言葉のイメージにとらわれていた

50歳を前に自分の育て直しをしようと
自分と向き合う方法をいろいろ探した。

だいたい共通して書かれていたのは
「ありのまままの自分を認める」
「自分の感情を認める」ということ。

でも、強い抵抗感が出てきて
自分を認めることができない。

抵抗を感じてしまう原因のひとつに
言葉の持つイメージがあると気づいた。

わたしは、「認める」という言葉に
能力を認める、世間が認める、とか
プラスの評価をするイメージが浮かんでくる。

だけど、わたしは自己否定が強過ぎて
自分にプラスの評価なんてできない。

また、ダメな自分にプラスの評価をする
と言い換えても意味が通らないと思うから
やっぱり抵抗感がわく。

で、改めて「認める」を国語辞典で引くと
以下の、4つの意味が載っていた。

①見て知る。見さだめる。
②見て許可する。
③うけいれる。承認する。
④高く評価する。

①②③の意味も知ってはいたけど
わたしは、④高く評価する。の意味だけで
「認める」を捉えていた。

自分の、言葉のイメージの偏りに気づいて
④以外の意味で「認める」を捉え直した。

出来ない自分を見て知り
出来ない自分を見て許し
ダメな自分を受け入れる。

そう言葉にしてみるだけで
出来ない自分、ダメな自分を
受け入れることができる気がした。

言葉の解釈の違いによるつまづきって
「認める」以外にもありそう。

言葉には、その人だけが持つ意味とか
固有のイメージが存在するんだな。

人と同じ言葉を使って話をしていても
話が噛み合わないことがあるのはそのせいか。

また、自分が苦しく感じる言葉には
自分にとっての特別な意味があったり
無意識の思い込みなんかがあるってことね。

言葉は、救いにもなれば縛りにもなる。

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