「親って完璧な存在だと思っていた」
なんて、先日、娘たちが言ったから驚いた。
小学生の頃はそう思われてたんやね(笑)。
たしかに、こどものうちはわからないのかも
しれない。親だから完璧なわけではないんよ。
立派な人間だから親になるわけでもないしね。
話は変わるけど
小学校高学年から中学生の頃のエピソードの
母がわたしにしてくれたことを思い出す時
自分の意識はこどもだった自分に向いていた。
今のわたしは、当時の母に思いを馳せている。
同じようなエピソードが自分の子育てにもある。
我が子がしでかしたことのお詫びや謝罪をしたり
いじめとかいざこざ、何らかのトラブルを抱えた
我が子の話を聞いて対応したりする経験をした。
正直言ってそんな出来事はない方が心穏やかだし
面倒事は避けてとおりたい。親だってそう思う。
親としてというか、わたしは人として未熟過ぎて
迅速に適切に誠実に対応できないこともあったし
未だに反省していることだってある。
と同時に、こどものやらかしたことやトラブルを
何も知らない親、知っていても何もしない親がいる
のも見てきた。
だから、母がわたしにしてくれたことは
親なら誰もがやる、当たり前のことではないのだ。
親として母なりにやれることをやってくれたのだと
過去のエピソードから感じるようになって
今更ながら、ありがとうと言いたくなる。
自分の物事の視点や意識の焦点が変わる時
過去の出来事や事実は変わらないのに
思い出から受け取る情報やエネルギーが変わる。
今の自分が変われば、過去が書き換わるって
こういうことをいうのかなあと思う。
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